子供達が幼い頃に聞いた昔話は
初めてめて経験する“人生”という道のりのどこかで
「大丈夫だよ」と 背中を押してくれることでしょう
会長 小澤俊夫
ぼくは長いことグリム童話や昔ばなしのことをやってきたので、この「むかしばなし協会」の活動もいいものにしたいと思っています。
大学一年生のとき、ドイツ語の先生がドイツ語の教材としてグリム童話を使ってくれたのが、そもそもの始まりでした。もう一人の先生がフォルクマン・レアンダーの「不思議なオルガン」という創作童話を教材として使ったのですが、なんとなく雰囲気が異なるので、グリムの先生に、「どうして違うんですか」と質問したら、先生はこともなげに「ああ、グリムは昔話だからな」と言われました。それでぼくは「昔話なら、民族の集合的な考え方が読み取れるかもしれない」と思い、卒論も修士論文もグリム童話を取り上げたのでした。
修士論文を仕上げた後、何年かして、柳田国男先生にお目にかかる機会がありました。そして、「何を調べているのか」と尋ねられたので、「グリム童話のことを調べています」とお返事して、調べたてのことをいろいろお話ししたら、しまいに先生が「君、グリム童話をやるなら日本の昔話もやってくれたまえ」と言われたのです。それでぼくは「ああ、そうだ。日本人なんだから日本のこともやらなきゃな」と気が付き、それから日本の昔ばなしもやるようになったのです。あの時の柳田先生のひとことが、その後のぼくの研究者としての道を決定したのでした。
昔ばなしは、なんといっても口で語られてはじめて子供達の耳に届くので、耳で聴きやすい=口で語りやすい文章であることが大前提。ところが、本に書いてある昔ばなしは、ほとんどの場合、読むための文章になっています。農村での語りの現場で、地元の年寄りたちが語っているのをたっぷり聞いてきた私としては、昔ばなしを、「語られる昔ばなし」に戻したいと本気で考えています。そこで、周りの人たちに、「昔ばなしを語れる文章に再話しなおそう」と呼びかけて、勉強会を各地で始めたのでした。再話研究会といいます。
どこの国でも同じなのですが、文化はほとんど本の中に収められています。学問も文学も観光的な文化財も、すべて本の中に保存され、説明されています。昔ばなしも同じです。
冷蔵庫の中にしまうように、昔ばなしを本の中にしまっておくことも、保存にはなります。しかしわたしは、昔ばなしは、なんといっても聴くほうが楽しいので、昔ばなしを語ることが大切だと思うのです。特に子どもに向かっては、何よりもまず語って聴かせてやってもらいたいと思います。その声はずっと耳に残ります。いろいろな大人に昔ばなしを聴かせてもらった思い出は、自分が、そういう大人に愛されていたんだということに気づかせてくれますし、子供達が幼い頃に聞いた昔話は、初めて経験する“人生”という道のりのどこかで「大丈夫だよ」と彼らの背中を押してくれることでしょう。
今日では、お話はいろいろな方法で子供達に届けられます。テレビの中でとどけられたり、録音を通じてであったりするでしょう。それらは生の声での伝え方ではありませんが、子供にとっては、お話が聴ける大事な方法なです。語ってくれる大人が身近にいない子供だって、たくさんいるのですから。
大切なことは、子供のために昔ばなしを選ぶ大人たちも、昔ばなしとはどういうものなのかをしっかり勉強して、ふさわしい昔話を選ぶ目と耳をやしなうこと。それは努力を必要とする勉強なのですが、子供達の成長に直接的に役立つ勉強なのですから、やりがいのある勉強だと思います。
この協会は、若い世代がそういう勉強に参加できるような、そういう活動にもしていきたいですね。
小澤俊夫
1930年中国長春生まれ。口承文芸学者。小澤昔ばなし研究所所長。筑波大学名誉教授。ドイツ・マールブルク大学客員教授、国際口承文芸学会副会長及び日本口承文芸学会会長を歴任。グリム童話の研究から出発し、マックス・リュティの口承文芸理論を日本に紹介する。その後、昔話全般の研究を進めている。1992年より全国各地で「昔ばなし大学」を開講、昔話の魅力を広く伝える。2007年ドイツ・ヴァルター・カーン財団のヨーロッパ・メルヒェン賞、2011年ドイツ・ヘッセン州文化交流功労賞、2020年日本児童文芸家協会の児童文化功労賞受賞。